ぼちぼちいこか

元旦に届いた１通の年賀状。

あるクライアントの社長から。
「この度、４月３０日をもちまして会社を終了させて頂きます。３８年の長い間、ご厚情を賜り厚く御礼申し上げます。会社は終了しますが、個人で対応できる体制にしております。」と印刷された文字。

そして「体調は少しずつ良い方に向かい新年を迎えることができました。貴女は健康そのもの。羨ましい！！」と社長の字で書き添えてあった。

確かに４月末決算だし、３年前に「ワシ、ガンやねん。」と告白されてからは、何度か会社を清算する相談もあった。
しかし、今回は何も聞いていない。

年明け早々に連絡をとってみたが、お互いに予定が合わず、やっと今日、お目にかかることができた。

年賀状で大変驚いたことから話しを切り出し、会社を休業するのか、解散・清算するのかを伺った。
それぞれのメリットとデメリット、手続きや費用についても。

弟さんと二人で会社を経営していらしたので、個人事業主になってからは、お二人別々に申告なさるのですか？と聞いたとき、社長が「ワシ、もう仕事できひんがな。いつまで命がもつか、わからんねん。」と言う。
「そんなことおっしゃらないで下さいよぉ。」と言ったとたん、不覚にも涙がボロボロとおぼれおちた。

「この間、検査したら、脳にも、肺にも、わきの下にも転移してた。明日から、また入院して、新しい薬を試すらしいけど、もう無理やろなぁ。」と。

北海道の帯広出身のこの社長とは、北海道の話しで盛り上がって、全然仕事にならなかったときもある。
大阪での暮らしが長いので、標準語に近い言葉と大阪弁を器用に使い分ける。

私が担当し始めた頃は、小柄だけど迫力があって、厳しい人と言う印象だった。
担当して８年。
厳しいだけではなく、人間的な厚みに触れることが、多々あった。

そんなことを思い出しながら、社長の話しを聞く。

「死ぬまで働くつもりはなかったけどな。こんな体になると思ってなかったから、そこそこの歳で引退して、あとは週に１回くらいゴルフでも行ったらええか～とか、暢気に考えとった。でもな、もうええ。ええから泣くな。」と、しゃくりあげて泣いている私に言う。

「引退なさるには、申し分の無い年齢だと思いますが。」
「そうやな。もう７０やしな。」
「痛みますか？」
「うーん。まあな。」

そんなやりとりのあと
「母がすい臓がんだったので、ガンの辛さは、少しはわかっているつもりでいます。転移すると、完治は難しいかもしれません。でも、一日でも長く、少しでも長く、生きていて下さい。」とやっとの思いで声を絞り出して言えた。
「おお。そうやな。そうやな。」と社長も涙をぬぐっていた。

帰りの車の中で、社長のいろんな話しを思い出した。
集団就職で大阪へ来たけど、最初の年の夏で、半分以上の人が暑さに耐え切れずに、北海道へ帰ってしまったこと。
「弟を呼んでやりたかったから、なんとしてでも、大阪で仕事を見つけなあかんと思って、必死やったで。」と笑っていらしたこと。
「お袋が死んで、もう帰る家がなくなった。」と寂しそうだったこと。
休日には、お孫ちゃんが遊びに来て、賑やかに過ごすこと。
スキーには、かなり自信があること。

ふと、生きていらっしゃるうちに、あと何回、お目にかかれるのだろう？と思った。
車の運転ができなくなった。


出産を１ヵ月後に控えている狸ちゃん。
明後日から、産休に入る。

・・・はずなのに、さきほど電話があった。
今日の帰り、腰に激痛が走ったとか。痛みをこらえて、実家までたどり着いたが、痛みがひどくて動けなくなり、病院へ。ヘルニアかもしれないので、痛みがひくまでは入院することになったらしい。

「明日まで行って、産休に入ろうと思っていたのに、すみません。」と言う。
「そんなことより、おなかのこどもは大丈夫なの？」と聞くと「はい。」と言う。
ホッとした。

仕事は何が残っているのか聞いてみたら、給料計算だけだと言う。
それくらいなら、私にもできる。いや、できるはず。できるかな。

仕事のことよりも、こどもが無事でよかったよ。



悟りを開いたように淡々とした命。

生まれたいと主張する命。

命について、考える一日。

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